小田原城 神奈川のパワースポット-国の史跡に指定されている-イパネマおやじ

天守閣

小田原城は、神奈川県小田原市にある名所旧跡です。小田原駅から徒歩10分程の場所にあり、小田原城跡と小田原城址公園が併設され、国の史跡に指定されています。隣接する場所には、小学校や高校などの公共施設があります。季節のイベントも開催され、初春には「小田原梅まつり」「小田原桜まつり」、初夏には「あじさい花菖蒲まつり」、秋には「菊花展」など四季折々のイベントも開かれます。

北条早雲像

北条早雲公像:小田原駅西口ロータリーにある

小田原城お濠

小田原城お濠

お濠に架かる橋

小田原城お濠に架かる橋

馬出門

小田原城馬出門

銅門

小田原城銅門

二の丸正門

小田原城二の丸正門

常盤木門

小田原城常盤橋と木門

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難攻不落の城といわれた

小田原城のご利益

商売繁盛

パワースポット

イヌマキの木:商売繁盛のご利益があるとされる。小田原城跡にあり、小田原市の天然記念物に指定されている由緒ある木です。幹周りが約450cmもあり、左回りにねじれて伸長しています。(イヌマキ・犬槇:マキ科マキ属の常緑針葉高木)

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小田原城の由緒

小田原城は、戦国時代から江戸時代にかけて多くの武将により支配された歴史がある城で、明治維新の後に廃城になっています。築城の詳細は不明だが、鎌倉時代の第4代鎌倉公方足利持氏の頃、当地は土肥党が支配していました。応永23年(1416)に上杉禅秀の乱が起こり、土肥党は領地を没収され大森式部大輔が新たな城主となる。その後、伊豆韮山領主の伊勢新九郎長氏(北条早雲)が、明応4年(1495)に小田原城を攻め落とし、小田原北条氏の礎となる。戦国時代には、上杉謙信や武田信玄の城攻めにも耐えましたが、豊臣秀吉の小田原攻めに遭い天正18年(1590)に、北条氏直が降伏して小田原城を開城。その後、徳川の時代になり徳川家家臣が代々城主を勤めてきました。明治3年に明治政府により廃城となり、城郭はなくなったが本丸周辺が復興され現在に至っています。

小田原城の基本情報

  • 名称:小田原城
  • 所在地:神奈川県小田原市 (小田原城跡、小田原城址公園)
  • アクセス:【電車】JR線・小田急線「小田原駅」徒歩5分。【車】小田原厚木道路「荻窪IC」から10分、西湘バイパス「小田原IC」から5分、東名高速「大井松田IC」から40分。
  • 駐車場:なし(近隣の有料駐車場を利用)※ 詳細は主催ホームページから
  • 主催ホームページ:コチラから

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