朝日神社 東京のパワースポット-六本木ほおずき市の神社-イパネマおやじ
朝日神社(あさひじんじゃ)は、東京都港区六本木に鎮座する神社です。六本木交差点から喫茶店アマンドの前を右折して、芋洗坂のナダラカな坂を下っていくとあります。一帯は商業ビルが多数並んでいますが、朝日神社の前を少し進むと中学校があるのには驚きです。住宅も多くあり、住んでいる方がいるので学校が存在するのは、当たり前といえば当たり前のことですが、喧騒と賑わいのある六本木の街の中にあるのは、私の感覚では以外というイメージです。そういえば、この近くに東洋英和女学院もあり、制服を着た女子学生と六本木の街中ですれ違うのは更に意外な感じです。
旧北日下窪町(現北日ケ窪町/六本木の一地域)の鎮守で、元々市杵島姫大神(弁財天)を祀っていたが、後に稲荷神を合祀されています。地名の日下窪から日下窪稲荷と称されていたが、江戸時代の明和年間(1764~1771)朝日稲荷に改称されたと伝えられています。
最寄りには中学校:商業ビルや飲食店が並ぶ街並みの中に鎮座
境内前の通り:芋洗坂から下っていくとけやき坂へ
参道から社殿を望む:
手水舎:
境内の風景:社殿前から鳥居を望む
六本木の一部北日ケ窪町鎮守
朝日神社の御祭神
倉稲魂大神(うかのみたまのおおかみ):穀物や食物の神様で宇迦之御魂神とも称され、稲荷神と同じ。
市杵島姫大神(いちきしまひめおおかみ):宗像三女神の一柱で、水の神様。弁財天とも称される。
大國主大神(おおくにぬしのおおかみ):出雲の国造りの神様で素戔嗚の子孫。
大山祇大神(おおやまつみのおおかみ):大山津見神とも称される。山の神様。
北野天神(きたのてんじん):菅原道真公の現人神で学問の神様。
朝日神社のご利益
金運:
商売繁盛:
境内社 または遺跡(建造物など)
稲荷社
例祭日:9月第三日曜、ほおずき市・7月上旬の金・土曜
朝日神社の由緒
朝日神社の創建年代は不詳だが、平安時代の天慶3年(940)創建と伝えられ、市杵島姫大神(いちきしまひめおおかみ)を祀っていたと云います。織田信長公の室朝日姫(三光院清心尼)の崇敬を受けたことから、明和年間に朝日稲荷と改称され益々多くの人々の崇敬を集め、隆盛を極めました。明治28年(1895)に朝日神社と改称し現在に至ります。
当社の掲示による由緒:
- 朝日神社は、旧記(麻布台懐古碑)によれば旧暦天慶年中(西暦940年)草創と伝えられております。はじめ、市杵島姫大神(弁財天)を祭り、当地の鎮守の社として広く庶民に尊信されて居りました。
- その後、伝うところによれば、大和の武将 筒井順慶の姪で、のちに織田信長の室となりました 朝日姫(清心尼)様が、渋谷から長者ヶ丸(現広尾辺)を過ぎる途中、草むらに光輝くものを見つけ、近づき凝視してみたところ、稲荷の神像と観音の像を見つけました。
- 草むらより持ち帰った観音像は専称寺に祀り、稲荷の神像は当社に祀られ、弁財天と合祀して【日ヶ窪稲荷】と呼ばれるようになりました。
- その後、明和年間に【朝日稲荷】と改称され、益々尊敬する人々多くなり、隆昌を極め、明治28年【朝日神社】と改称し、現在に至ります。
東京都神社庁の掲示による由緒:
朝日神社は旧記(麻布台懐古碑)によれば旧暦天慶年中(西暦940年)草創と伝えられ、市杵島姫大神を祭り、当地の鎮守の社として広く庶民に尊信されて居りました。その後、筒井順慶の姪で、のちに織田信長の侍女となる朝日姫が、長者ヶ丸を過ぎる途中、草むらに光輝く稲荷の神像を見つけそのままでは畏れ多いことと倉稲魂大神を合祀して日ヶ窪稲荷と呼ばれる。明治28年に朝日神社と改称する。
朝日神社の基本情報
- 名称:朝日神社
- 所在地:東京都港区六本木6ー7ー14
- アクセス:【電車】東京メトロ日比谷線「六本木駅」より徒歩2分。都営大江戸線「六本木駅」より徒歩5分。
- 駐車場:なし
- 主催ホームページ:コチラ より