鎌倉宮 神奈川のパワースポット-唯一天皇によって創建された神社-イパネマおやじ
唯一天皇が創建した神社
- 鎌倉宮の御祭神
- 大塔宮 護良親王(おおとうのみや もりよししんのう):後醍醐天皇の皇子(大塔宮・おおとうのみやは通称)
- 鎌倉宮の御利益
- 魔除けや身代わり:
- 厄除け:
- 商売繁盛:
- 所願成就:
- 境内社
- 南方社(藤原保藤 息女南御方):
- 村上社(村上彦四郎義光光):
- 境内のパワースポット
- 撫で身代わり様:境内の樹齢103年の大木で彫り上げた村上彦四郎義光公の木像。治してほしい患部を撫でると治癒するといわれている。参拝者が撫でるので表面は光沢でツルツルになっている。
- 身代わり人形:人形の背中に願いことを書いて納める。
- 厄割り石:境内で売られている素焼きの陶器に、息を吹きかけて厄をのせる。その陶器を、厄割り石に向かって投げ割ると、厄が払える。
- 小賀玉の木:鎌倉宮の御神木。大きなパワーを頂ける。
身代わり人形:人形の背中に願いごとを書いて納める
休憩所に置かれている獅子頭:厄除け・魔除けの御守り:
拝殿前の風景:
鎌倉宮の由緒
- 後醍醐天皇の皇子である護良親王を祭神とする神社です。元弘3年(1333)に吉良城落城の折、護良親王がこれで最期かと思った時、忠臣の村上彦四郎が身代わりになって切腹して救ったとされる。護良親王は後醍醐天皇の鎌倉幕府を倒幕すべく戦った。その後、鎌倉幕府が滅亡して、武家政治から天皇が政治を司る親政になったのが、建武の新政(親政)と呼ばれています。鎌倉倒幕の功績により兵部卿征夷大将軍に補せられたが、やがて足利尊氏と対立して捕らえられ、鎌倉へ移送され東光寺裏の土牢へ幽閉され、28歳で非業の死をとげる。
- 時代が経って、明治維新が勃発して長らく続いた武家政治から天皇親政が復活した。護良親王の遺志を伝えるために明治天皇の命により、明治2年に(1869)に創建された。鎌倉宮のある当地は、東光寺の跡地といわれ、護良親王が捕らえられて幽閉されていた土牢が残されている。本殿背後には、親王が幽閉されていたとされる土牢や親王の首を打ち捨てたという御構廟の遺跡が残されている。
鎌倉宮の基本情報
- 名称:鎌倉宮
- 所在地:神奈川県鎌倉市二階堂154
- アクセス:JR横須賀線・湘南新宿ライン、江ノ電の「鎌倉駅」徒歩25分、鎌倉駅から京急バス 「鎌倉宮行き」終点下車スグ
- 駐車場:なし(お祓いなどで参拝の場合は無料駐車場利用可)
- 主催ホームページ:コチラより