虎ノ門 金刀比羅宮 東京のパワースポット-喧騒とした都心に佇む神社-イパネマおやじ
- 虎ノ門 金比羅宮は、都内港区虎ノ門のビル群の中に佇んでいます。周辺一帯は大開発の工事が盛んに行われています。地名の「虎ノ門」というのは「四神相応の思想」に基き、江戸の西方を護るのが虎だったことに由来するといわれます。更なる地名の由来は、江戸城の南端に城門があり、門の名前は虎ノ門と呼ばれていました。現在の虎ノ門交差点付近は、江戸時代には讃岐丸亀藩上屋敷がありました。
- ※ 四神相応(しじんそうおう):東アジアや中華文明圏で信奉される考え方。大地の四方の方角を司る「四神」の、最良の土地柄即ち背後に高い山(玄武)、前方に海・河川などの水が配置され(朱雀)、左右に丘陵や低い山(青龍・白虎)が囲む土地を指す。このような土地に住むと、一族は長く繁栄するといわれる。
金比羅宮の敷地内に建つ虎ノ門金比羅タワー
金比羅宮 社号碑と正面鳥居より境内望む
金比羅宮 社殿
金比羅宮 社殿 正面の四神の鳥居と斜め前方より
手水舎と境内の風景
金比羅宮 喜代住稲荷神社
金比羅宮 結神社
金比羅宮 神楽殿
金比羅宮 裏鳥居
大都会の中に佇む神社
虎ノ門 金刀比羅宮の御祭神
- 大物主神(おおものぬしのかみ):大和の三輪山に鎮座する神。大国主(おおくにぬしの)神の異名があり国津神(くにつかみ)の代表的存在。蛇の姿をしており、農業の守護神。
- 崇徳天皇(すとくてんのう):鳥羽天皇の皇子で、保安4年(1123)に第75代天皇即位。保元元年(1156)に鳥羽法皇が亡くなると、崇徳上皇と後白河天皇の兄弟による朝廷の家督争いに加え、摂関家藤原頼長と藤原忠通の家督争いが原因で起こったのが保元の乱です。この戦に負けた崇徳上皇は、讃岐国へ島流しになり、配流後は讃岐院とも呼ばれ不遇の生涯を閉じました。その後寿永3年(1184)に、院号が崇徳院に改められています。
虎ノ門 金刀比羅宮の御利益
- 金運:
- 仕事運:
- 良縁祈願:結神社は「縁を結ぶ」といわれ江戸時代より多くの女性の信仰を集める。
境内社
- 産日社(結神社):縁結び、復縁
- 喜代住稲荷神社(きよすみいなりじんじゃ):金運
パワースポット
四神の鳥居:東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武の四つの霊鳥霊獣の彫刻が、鳥居の柱頂部に施されています。鳥居に四神が施されているのは、非常に珍しいといわれます。
虎ノ門 金刀比羅宮の由緒
讃岐丸亀藩主の京極高和が領内にある、讃岐の金刀比羅大神を万治3年(1660)に、三田の江戸藩邸に邸内社として勧請。その後延宝7年(1679)に、藩邸とともに虎ノ門へ遷座したとされます。江戸時代後期には金毘羅信仰が高まり、多くの人々の崇敬を集め、明治維新後には府社に列格しています。
虎ノ門 金刀比羅宮の基本情報
- 名称:虎ノ門 金刀比羅宮
- 所在地:東京都港区虎ノ門1ー2ー7
- アクセス:東京メトロ銀座線「虎ノ門駅」徒歩1分、東京メトロ日比谷線「虎ノ門ヒルズ駅」徒歩3分、東京メトロ丸の内線・千代田線「霞ヶ関駅」徒歩5分
- 駐車場:なし
- 主催ホームページ:コチラより