千住神社 東京のパワースポット-千住の鎮守様-イパネマおやじ

拝殿
  • 千住神社(せんじゅじんじゃ)は、東京都足立区千住宮元町に鎮座する神社です。社格は足立区唯一の旧郷社、氏子地域は千住1~2丁目で、千住の街の中心となる神社です。千住七福神の一つ恵比寿様を担っています。
  • 北千住は、江戸時代になると旧日光街道の宿場町「千住宿」として発展してきました。徳川将軍家の鷹狩場や、日光への訪問時に滞在した勝専寺などがありました。宿場町だった当時の面影がひっそりと残っている街でもあります。都市の再開発が積極的に行われ、大型ショッピングモールや5つの商店街が集合しています。鉄道も5路線が乗り入れ、複数の大学キャンパスも誘致され、学生の街としても新たな魅力のある街として賑わいをみせています。

北千住駅

最寄りの北千住駅:近くを流れる隅田川の千住大橋

千住大橋

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社号碑と参道

社号碑と右手に「史跡八幡太郎源義家陣営の地」と記した石碑

鳥居

一之鳥居:

御神木

御神木:1対の銀杏「夫婦銀杏」と呼ばれ、縁結び・夫婦円満のご利益で知られる

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 千住の鎮守様

千住神社の御祭神

須佐之男命(すさのおのみこと)

宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)

千住神社のご利益

五穀豊穣:

家内安全:

疫病退散:

厄除:

縁結び:

学問・芸能上達:

火難:水難除去:

境内社 または遺跡(建造物など)

稲荷社、火伏三社(三峯神社・恵比寿神社・八幡神社)、天満宮、稲荷神社、浅間神社

千住富士:江戸時代に富士信仰が盛んになり、各地でも富士塚が作られた。

パワースポット

御神木:第二次大戦の戦火を免れ焼け残った「夫婦銀杏」がある。

備考:千住七福神の恵比寿神

例祭日:9月15日

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千住神社の由緒

千住神社は、延長4年(926)創建された千崎稲荷神社と、弘安2年(1279)に創建された氷川神社が明治6年(1873)に合祀された西森神社を起源とし、明治7年(1874)には郷社に列格しています。大正4年(1915)に千住神社と改称、千住七福神の恵比寿神や多くの境内社が祀られています。

当社の掲示による由緒:

創立 当神社は、千住(千寿)に集落が形成され始めた、延長四年(九二六年)丙戌年、土地鎮護と五穀豊饒を祈って、伏見稲荷より分霊を勧請し、稲荷神社を創立した。

​永承六年(一〇五一年)源義家は、奥州征伐の際、荒川(現千住大橋付近)を渡り、二ッ森(現千住神社)に陣営し、神前に戦勝を祈願したと、古記録に記載されている。

更に、弘安二年己卯年(一二七九年)に武蔵国、一の宮氷川神社の御分霊を勧請し、氷川神社を創立した。この為に、鎌倉時代より江戸時代には、ここを二ッ森と云っており、旧考録には、代々の将軍が二ッ森で、鷹狩りを行ったという記事が記録されている。寛永年間に云って、千住が日光街道の第一宿となり、当神社は​、その西方にある為に、西の森とも云われた。

東京都神社名鑑による由緒:

延長四年(九二六)土地鎮護・五穀豊穣を願い、祠宇を創営し稲荷神社を創立し、のち弘安二年(一二七九)武蔵一の宮より分霊を勧請し、氷川神社を稲荷神社の右隣に創立し、鎮守両社と称した。明治六年、稲荷神社を氷川神社に合祀し、西森神社と改称し、のち大正四年千住神社と改称した。

千住神社の基本情報

  • 名称:千住神社
  • 所在地:東京都足立区千住宮元町24ー1
  • アクセス:【電車】JR常磐線、東京メトロ千代田線・日比谷線、東武スカイツリーライン「北千住駅」徒歩15分。京成線「千住大橋駅」徒歩7分。
  • 駐車場:有り
  • 主催ホームページ:コチラ より

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